ぽーんという音で眼がさめた。あれは狼煙をあげる音だ。その事で今日が父ちゃんと母ちゃんの命日だった事を思い出した。最近忙しかったからすっかり忘れてた。ごめんよ、父ちゃん母ちゃん。
この日、里はある意味賑やかになる。あちこちで弔いの花が散布され、色とりどりの狼煙が上げられる。狼煙は死んだ人へのメッセージだ。俺は白を上げた。花はまかなかった。母ちゃんが花を大事にする人だったので、まき散らしても喜ばないと思ったからだ。昼をすぎた頃、アスマ兄ちゃんがうちにやってきて狼煙を上げた。アスマ兄ちゃんは母ちゃんの部下だった時期があったので、こうやって母ちゃんに言葉を贈るために毎年来てくれる。いつまで来てくれるのかな。いつまででもこうやって来てくれたら嬉しいな。帰り際、慰霊碑に行くけどお前も行く?と聞かれたが、一人で行きたいので断った。これも毎年の事なのでアスマ兄ちゃんは苦笑しただけだった。
慰霊碑には人がはけるだろう夕方を待って行く事に決め、それまでは一楽で時間をつぶすことにした。一楽には礼服のおっちゃんが二人いるだけだった。あの子供の影を探したが、いるわけがなかった。今日はあの子供は外へは出れずにじーちゃんちで膝を抱えているに違いない。何かあった時、せめて自分の力で逃げる事ができるまで、この日、あの子供は閉じ込められる。酷い話だ。ラーメン券を上げたのでさぞかし通っているものだろうと思ったが、一楽の親父の話では、店先には来るけど食べては行かない、ということだ。首を傾げたら「ラーメンはお前さんと食べるものだと思ってるんだろうよ」と言った。照れや嬉しさや愛しさでうぎゃー!と声が出た。テーブル席のおっさんがふいた。ごめんごめん吃驚させて。
家に帰り、風呂に入って身支度を整えた。なんで12の時作った礼服がまだ着れるんだろう俺。ねえねえなんで?
黒の髪紐をなくしてしまったので仕方なくざんばらで慰霊碑に行った。日がほとんど落ちてしまった慰霊碑には俺だけだ。ちょっと寂しい。でもここに来ても無駄に辛くならないのは形見の影干しをするようになったからだろうか。何も考えられずぼんやりと慰霊碑に刻まれる名前を追っていたら、ふと温かい気配を感じた。振り返ると礼服姿の男が、小さな灯篭を持って立っていた。場所を譲ると、男は跪いて灯篭を慰霊碑の前に置き、誰かの名前にそっと触れた。そして「灯篭の作り方を教えてくれた子がね、ここにいるから」と言った。その優しいような寂しいような声に立ち去った方がいいかな、と一歩後ろに下がったら、「暗くて怖いから行かないでよ」と言われた。灯篭の明かりが逆光になるせいで男の顔がよく見えないが、えらく整った雰囲気がある。微笑んだ気配がしたので、ついつい、男の隣に両膝をついた。ついたもののどうしていいかわからなくて黙り込んでいたら、男が「あの子供、いつも一楽であんたを待ってるよ」と言ったので吃驚した。「優しくするのはいいけど、裏切らないようにね。それができないなら最初から無視する方がいい」こちらを向いた男の顔を間近で見て、俺は、あ、と声を出した。俺、なんかこの人に説教した事があるよな。あの時、あまりにも気持悪い事を言うので真意も確かめず説教したけど、もしかしてこういう事を言いたかったのか、この人。ちょっと感心してじっと顔を見ていたら、男は苦笑して俺の手を握った。「説教返し。んで御褒美返し」そして握った手になにかを乗せられる。赤い包み紙の飴玉だ。気恥ずかしくなって俯いた俺の手をペイと落として、男はその場にあぐらをかいた。「ここにはねー、俺の先生と親友と初恋の女の子がいるの」と軽い調子で言うので俺も「父ちゃんと母ちゃんがいる」と教えた。その後、酒を持ったおっさん達がわいわいとやってくるまで互いの思い出話をした。今まで慰霊碑にはかたくなに一人で来るようにしてたけど、こうやって誰かと来るのも悪くないなと思った。来年はアスマ兄ちゃんの誘いに乗ってみようかな。
ちなみにおっさん達の酒盛りに巻き込まれてほとんど徹夜だ。出勤まで後2時間。ありえねー!
あ、あの人に名前聞くの忘れてた。聞いとけばよかったなー。